Renkei日記 - 八十島法律事務所

2012-11-12 Mon

児玉隆也「一銭五厘たちの横丁」(岩波現代文庫) 2000年4月14日刊


 元本は晶文社から75年2月に刊行されています。一銭五厘とは、召集令状のはがき代のことだそうです。昭和18年当時、写真家の桑原甲子雄は、質屋の長男として、写真を趣味としていましたが、政府が、50数名のアマチュアカメラマンを集め、在郷軍人会に案内させて出生軍人の留守家族を訪問し、戦地に送る“銃後”の姿を撮らせたため、それに参加し、東京下町の路地から路地を歩き写真を撮りました。そのとき撮影した写真のネガが99枚残されていて、これは、この写真に残された人々の30年後を訪ね歩いたルポです。
 著者は、この本を作った動機を、天皇から一番遠くに住んだ人々の、一つの昭和史を聞きとることであったと書いています。ところが、30年後の追跡は容易ではなく、「まるで神隠しだ、町ぐるみみんな蒸発してしまった。」とつぶやくことになります。
 桑原の写真は、ネガの状態で残されていたため、まるでつい最近撮影されたかのようで、当時と現在が、リアルにつながっている感じを受けます。
 聞きとりの内容で印象深かったのは、特攻隊員だった人の話で、訓練中飛行機がキリモミ状態で落下し始めたとき、「頭から足の爪先まで美しく透明な水が流れたと感じ」、まるで「自分が神様のような気持ちになった」というところでした。勿論経験したくはないですが。

2012-11-12 Mon 17:02 | 古本

2012-11-10 Sat

山口瞳「江分利満氏の優雅な生活」 (新潮文庫)昭和43年2月20日刊


 昭和37年度下半期の直木賞受賞作で、映画化もされています。
 解説者の秋山駿によれば、「生活と人生に関する観察家の文章である。」と書いていますが、いわゆるユーモア小説とは一線を画した内容となっています。
 たとえば、「不安と焦燥と反撥と労わりあいみたいなものが江分利の新婚6ヶ月だった。いつ頃からかはっきり分からないが、江分利は夏子と庄助を自分の妻として自分の倅として愛するようになった。夏子も時折、屈託なく笑うようになった。それが江分利には不思議である。実に不思議なのだ。」とか、「カルピスは恥ずかしい。昭和のはじめにあって、昭和のはじめに威勢がよくって、それがずっと10年代から戦後の今でも威勢がいいような、そういうものが恥ずかしいんじゃないかね。大正末期・昭和初期という時代も、江分利にとって恥ずかしい。」と書いてあるあたりが、なかなか真似しがたい独特なものを感じます。

2012-11-10 Sat 09:49 | 古本

2012-11-07 Wed

森達也 「メメント」 (実業之日本社) 2008年9月5日刊


 メメントとは、メメントモリからきていて、ラテン語で、意味は「死を想え」です。
 著者は、「死は排除したいけど、現実にそこにある。見て見ないふりはしたくない。平和を願うためには戦争を想わねばならない。この世界の豊かさや優しさを実感するためには、貧しさや憎悪から眼を逸らしてはいけない。」との考えから、いろいろ現実をみつめるためのエッセイを書いたとあります。
 なるほど、宗教の問題やメディアの問題、さらには表現の問題について書かれています。
 例えば、「圧倒的な情報量を瞬時に伝達できるテレビは、簡単に観る人の思考を停めることができる。」、「特に民意の増幅と感染を大規模に媒介するマスメディアが発達した現代に生きる僕たちにとって警戒すべきなのは、外なる悪ではなく内なる善なのだ。」、「事実など本来は伝えられない。省略や再構成はメディアの基本原理である。」、「表現には欠落が大事なのだ。受ける側は与えられるだけになる。喚起されなくなる。」など。
 メディアの側にいた(いる)者の実感があります。

2012-11-07 Wed 17:35 | 新刊本

2012-11-07 Wed

岡崎武志 「上京する文學」 (新日本出版社) 2012年10月25日刊


 著者は、故郷をあとにした作家たち、もしくは上京する若者を描いた作品たちを「上京者」という視点から読んでみたもの、最終的には「読書のすすめ」を目ざしたと書いています。これはなかなかおもしろい視点でまとめましたねという感じです。
 啄木については、「家族や故郷を捨て、東京という都市で一人暮らしをする若者の『心の姿』を短歌に託した。」とし、フォークソング歌手になぞらえたりしています。また賢治については、井上ひさしの「つねに自分の可能性は東京に出たらあると思っていたふしがある。」という言葉を紹介しています。太宰については、「東京に向かうことはむしろ下降に働いた。東京から離れるとき、彼の精神状態はいくぶん上昇していく。しかし上昇するとき、太宰の太宰たるべき創作力は弱まっていく。太宰はけっきょく上京するしかなかったのである。」。これなど就中白眉かなと思います。
 続編を期待したいところです。

2012-11-07 Wed 17:03 | 新刊本

2012-11-01 Thu

山田稔 「コーマルタン界隈」 (編集工房ノア) 2012・6・1刊


 元は、「文藝」に掲載されていたもので、81年9月に河出書房新社から刊行され、89年9月に新たな一篇を加えみすず書房から出されたものを、今回、元の河出版に戻すとともに、いくつかの加筆修正をおこなったとあります。
 コーマルタンとは、パリの一画にあり、「私流にいえば、昼間、百貨店目指して方々から押寄せて来た人並みが溢れ出て流れ込み日暮れとともに汚物を残して退いて行く、まるでどぶ川のごとき場所であった。」とあります。
 主人公は、日本からやってきて、コーマルタンに住み、大学で日本語を教えています。夜は売春婦も出没し、その一人との交流も描かれます。また、自分に冷たくされた男の悲しみを悲しんでいる女の話もあります。こうした人物造形は、異国ならではのものでしょう。

2012-11-01 Thu 17:52 | 新刊本

八十島法律事務所
〒060-0042
札幌市中央区大通西10丁目

周辺地図

●地下鉄東西線「西11丁目駅」下車
  3番出口直結 南大通ビル9階
●市電「中央区駅前」停留所より
  徒歩約2分
●近隣に有料駐車場有り

詳細はこちら>>